テナーホーンの奏法について

発音原理の理解編

テナーホーンはどうして音が鳴るのか、発音原理の理解を理解することは効率的な練習をする上で重要です。楽器練習のノウハウは先人の体験談から「あれはいい」「これはいい」とかいろいろ出てきます。しかしなかにはとんでもない勘違いもあります。楽器の発音原理を理解した上で、どう作用するのか自分で判断できるようにならないと遠回りすることがあります。私と同じ解釈をする必要はありませんが、論理的に理解しましょう。

では早速ですが、音を出すためにあなたはどうしているでしょうか?楽器にマウスピースをつけ、唇を当て、息を吹き込み音を出します。当たり前のことかもしれませんが、わざわざ確認しているのは演奏上直接音に関係する部位を洗い出すためです。ここで出てきた登場人物は次の通りですね。

いい音色を作るためには、その登場人物を「いい状態」にすればいいのです。それぞれいい状態ということは次の通りですね。

それぞれ順番に考察していきましょう。

いい状態の楽器

いい状態の楽器とは必ずしも高価な楽器を買えと言うことではないです。本人の気に入った楽器であればなんでもいいと思います。大事なのはそれがきちんとメンテナンスされていること。具体的には次の状態が維持されているようにしましょう。

上記のものが一つでもかけていたら専門家にみてもらい、必要に応じて修理・調整をしましょう。ちなみに外装(ラッカーやメッキ)の痛みについては、吹奏感に多少の影響はありますが、違いがわからないのであれば、かつ、見た目に悪印象でなければあまり目くじらを立てるほどのこともないかと思います。

いい状態のマウスピース

いい状態のマウスピースとは必ずしも高価なマウスピースを買えと言うことではないのは前項と同じです。本人の気に入ったマウスピースであればなんでもいいと思いますが、違いがよくわからないという方が多いのも事実です。できるだけわかりやすいところから、いい状態を定義していきましょう。

順番が先のものほど優先事項として考えてください。

最初の二つは演奏以前の問題を排除するための基準で、こういう問題の起こるマウスピースはたとえ有名人が使用していても師匠が薦めてきても使用してはいけません。楽器に体を合わせた場合、必ずどこかに無理が来て、バランスを崩し上達の妨げになります。現状そうだという人はすぐにマウスピースの種類を変えてしまうことを推奨します。

後の3つは加工精度やマウスピースの内部形状についての基準です。設計の精度を満たした製品であることはマウスピースの品質そのものです。真円でなかったりムラがあることによってひょっとしたら偶発的に「すばらしく相性のよい」マウスピースがあるかもしれませんが、たいていはバランスを欠いたものであり、適切な演奏をするためには微調整を要求されるものだったりします。「楽器に演奏法を合わせる」のではなく「演奏法に楽器を合わせる」という姿勢を忘れずにしましょう。

いい状態の唇

ここは永遠のテーマかもしれません。書きながら迷いがあります。後日改訂するかもしれません。

世間一般ではマウスピースの当てる位置とか、唇の引っ張り方とかいろいろな説を唱える人がいますが、私自身はあまり気にしてません。それらのガイドラインはそうすればは普通の人は失敗のないものであるに過ぎず、それが正しいというわけではないからです。こうすればいいということを決めるのではなく、こういう状態がいいのだというガイドラインのほうが大切で、その状態になるように個人差の中からギャップを解決するというアプローチが適切であると考えます。

プロ野球選手のモノマネなんかを各選手個性的なフォームが誇張されますが、それは一流の選手は同じフォームをしているのではなく、個々の体や役割に合わせて最適な状態を作ると個性的なフォームが誕生するわけです。楽器演奏でも同じと考えてください。

前置きが長くなりましたが、よい状態の唇とはどういう唇なのでしょうか。

金管楽器に分類されるものは唇の振動を音の発振源としている楽器です。唇が唯一の発振源ですからその振動次第で音色や音程が決定されます。そのため「よい状態の唇」とは「よい状態の振動を維持できる唇」と言い換えることができます。

よい振動とは?

唇の振動が楽器本体によって加工されて音となるわけですから、楽器本体ともっとも強く影響しあう振動が、もっとも楽器の性質を引き出せるよい振動といえるでしょう。

唇の振動が楽器本体ともっとも強く影響しあう状態のことを物理用語で「共鳴」と呼び、共鳴の楽器の中にできる波は「定常波」と呼ばれるもので、波の振幅が常に0となるポイント(定常波の節)が発生するというものになります。

そんな難しいことはわからないというひとのために、わかりやすく説明してくれるところがありました。中村理科工業株式会社のサイト内にある「管の定常波」(閲覧にはJavaアプレットの実行環境が必要)です。金管楽器は開管振動となりますので、「open」のラジオボタンを選択してください。赤い線が揺れているのが見えるかと思いますが、これが空気そのものだと思ってください。よく見ると動かない赤い線がいくつか見えると思います。これが定常波の節で、参考までに書くと基音(第一倍音)には1つ、第二倍音には2つ、第三倍音には3つ、、、、第N倍音にはN個の節があります。

唇と楽器の関係に戻って、こういう定常波を理論通りに生み出せるとき、もっとも楽器の性能を引き出しているわけです。そういう状態を生み出しているとき、吹き手の感覚としてはどういう感覚なのでしょうか?

共鳴は、外部から与えた振動(強制振動)にもっとも大きな振幅で反応する現象のことですので、吹き手の視点で見れば「最小の負荷(労力)でもっともよく響く状態」ということになります。唇に特化すれば「(同じ音量で吹くとして)唇が振動しているという感覚が一番感じられない」「吹くという感覚がもっとも小さい、楽な」状態であるということになります。

えらくたいそうに書いた割に「一番楽に大きく吹ける」という平凡な結論に到達したわけですが、理論とはそういうものです。ただ、その実体験を裏付ける理論を理解できるということが重要です。すべての練習に理論的裏付けができれば最短の練習時間で最高の効果を上げられるのです。(アスリートのスポーツ科学を取り入れたトレーニングみたいなものです。)

余談:開管振動と閉管振動

管があってその管の中に定常波が存在しているとして、管の片端が閉じている状態(閉管)と両端とも開いている状態(開管)では存在できる定常波が異なります。開管では基音(ペダルトーン)と同じ運指でそのオクターブ上を演奏できます。開管では基音と同じ運指が出てくるのは1オクターブ半(12度)上になります。多くの管楽器は開管で、クラリネットやパンフルートが閉管です。

しかし、実際には金管楽器の管の両端とも開いているのでしょうか?という疑問が出るかもしれません。管の方端はベルで確かに開いているけれど、もう一方の端はマウスピースに密着した唇ではないかと考えると思います。それは確かにそうなのですが、開管振動をしているのも事実です。どういうことでしょうか?

おそらくですが、金管楽器の定常波振動系は2つあり、唇からマウスピースのスロートまでと、マウスピースのスロートから楽器のベルまででしょう。金管楽器が開管振動するのは後者の系の両端が開いているからなのでしょう。では前者の系は開管振動なのか、閉管振動なのか。唇自体の状態が一定でないため私にはよくわかりません。だれか答えを知っていたり判ったりしたら教えてください。

いい状態で吹き込む息

前項をお読みになったら、あまり多くを語る必要はないかもしれません。同様の理屈から「もっとも最小の労力で最大の音量が出る」「もっとも効率の良い」息の入れ方が必要です。ある意味「エコな奏法の追求」に終始するのかもしれません。

とはいえ、唇にはなくて息にはある要素というものがあります。それは息の「流量」と「流速」です。よい流量、よい流速を判定する基準は「理論に近い定常波を楽器内に生み出す」、すなわち「もっとも最小の労力で最大の音量が出る」ということなのですが、なかなか難しいものです。具体的にどういうところを気をつけたらいいのでしょうか?

息の流量

音というのは空気の粗密波ですので、唇の振動で開いたときに出る息の量(気圧)と、閉じたときの量(気圧)の差が波の振幅、すなわち「音量」になります。唇を閉じたときの気圧は制御できませんので、音量を大きくするというのは唇が開くタイミングでどれだけたくさんの息を送り込むかにかかるということになります。しかし多く送り込みすぎると、あるいは少なすぎると唇の制御を保てなくなり振動が乱れます。

演奏に使用する息の流量は多すぎず少なすぎず楽な量ということになりますが、練習では息の量の上限と下限の両方の限界近くを練習し、「多すぎず少なすぎず」の音量の幅を拡大することが必要です。

演奏中は表情記号がある場合を除き、基本的に音量は同じで、つまり「息の量は一定」を意味しています。よく学校の吹奏楽部等で楽器の初心者に対して「腹筋トレーニング」「腹式呼吸の徹底」を指導していたりしますが、それはこの息の量を意図的に一定に保つように癖づけているのに過ぎません。比較的多くの人で効果が得られるというだけの話なので、試すことは否定しません。ほかの方法でも息が一定に保てるのであれば別にほかの方法でも問題ありません。方法はさておき必要な流量を一定に維持できる技量を身につけましょう。

息を吹き込むためには解決しなければならない問題があります。息を吸い込み肺に溜めておくと言うことです。当たり前のことですが、多くの息を吹き出すためには多くの息を吸い込まねばならないのです。たくさん吸い込むためにはたくさん吹き出していないといけない。吹くと数は表裏一体なのです。

演奏上、大事(意識すべき)なのは吹くことか、吸うことか。諸説あるでしょうが私は吸うことだと思います。吹くことは音になるので勝手に意識されますし、いい演奏を目指すと一緒に良くなっていくのですが、吸うのは音になりませんしフレーズの切れ目で一瞬のうちに吸わなければなりませんし、次のブレスタイミングまで持つ息を吸わないといい演奏すらままなりません。

吸うときに意識することはなにか。吸う息が肺まできっちり吸い込めること。具体的にはのど等で息がせき止められずにすっと肺まで吸い込めることです。これが結構難しいのです。

人間は口からはいる異物をブロックする様々な機構があります。肺までの経路で言えば舌に始まり、口蓋垂(のどちんこ)、扁桃、喉頭蓋、声帯といったものが入る空気を邪魔します。邪魔するのは生態的には雑菌や粉塵、食物から肺を守るために自然なことなので無意識に吸えばそれらに邪魔されるのです。これを意識的に開き邪魔されないようにするかが大事です。とはいえ、意図的に開くことがなかなかできないのも事実で、どんな感覚なのかがわからないと開いているのかすらよくわからないのが実際だと思います。

どういう感覚で吸えればよいのか。吸うということをトレーニングするならば、少なくとも通常の呼吸に比べて下記のことが達成されている必要があります。

  1. 吸い込む空気がのどで冷たく感じられること。
  2. 体が膨らむのを実感できること。
  3. これ以上吸えないという限界まで吸うこと。

しかも曲中ではこれを流れにあわせて0.5拍とかで吸う必要が出たりしますから、一瞬でできるようにならなければなりません。でも何事も最初からはできません。できない場合は4拍とか8拍とかの長い時間できっちり吸い込むところからスタートし、次第に短くしていってみてください。最初にきっちりと基本をマスターできると吸う時間を短くしてもきっちり吸えると思います。

注意! 息を吸うトレーニングをしていると頭がふらふらしてきます。これは体内に酸素が取り込まれ過ぎて、過呼吸症候群になってしまう可能性があります。過呼吸症候群で呼吸困難に陥ると生命の危険を伴います。あまり根を詰めて一気にやるのではなく、なにかの作業の気分転換や、酸素を必要とする瞬間(軽度の運動のあと)などに行うようにしてください。万が一、過呼吸状態に陥ったら袋の中の息を吸って袋の中へ吐いてを繰り返し、呼気中の二酸化炭素濃度を高めていくようにしてください。

番外編:私の場合のトレーニング方法

呼吸のトレーニングは楽器がなくてもできます。呼吸さえできる環境にあればよいのです。

そこで私は体調がよいときに通勤・通学時に次のようにしてトレーニングしている日があります。

  1. 16歩、歩きながら息を吐き、体内のすべての空気を搾り出す。
  2. 8歩、息を止めて我慢する。
  3. 16歩、息を吸い続ける。吸えなくなっても吸う努力を継続する。
  4. 8歩、息を止めて我慢する。
  5. 頭がふらふらしてなければ、これを繰り返す。

これをちゃんとやっていると相当苦しいので、息を吸いきるのは16歩もかからず、大体4~8歩で吸いきってしまうと思います。その先、吸い続ける努力をするのはより多くの空気が吸えるように(肺活量が増えるように)鍛えていると理解してください。繰り返しているうちに同じ動作でも吸い込める息の量が増えます。

注意! 繰り返しますが、息を吸うトレーニングをしていると本当に頭がふらふらしてきます。これは体内に酸素が取り込まれ過ぎて、過呼吸症候群になってしまう可能性があります。やりすぎて呼吸困難に陥らないようにしてください。呼吸困難に陥ると生命の危険を伴います。万が一、過呼吸状態に陥ったら袋の中の息を吸って袋の中へ吐いてを繰り返し、呼気中の二酸化炭素濃度を高めていくようにしてください。

息の流速

息の吹き込む速さですが、ほかの金管楽器類(トランペット、トロンボーン)などに比べて、細くて鋭くて速い息が要求される傾向があります。どのくらいの速さだったらいいのかということになりますが、例によって「一番吹き込み感を感じない無理のない速さ」という答えになります。サクソルン系の金管楽器の特徴ではないかと思うのですが、「一番吹き込み感を感じない無理のない速さ」を感じるポイントは2箇所あります。一つ目はしっかりとした音量で響くポイント。もうひとつは繊細で高貴な響きのするポイント。

前者の場合、楽器全体が膨らむかのような感覚を感じながら、「ぱーん」と遠くへ抜けていくような音になります。吹いている感触としては唇に圧力ではなく流れだけを感じるような雰囲気です。

後者の場合、吹いているという流れすらも感じません。吹き出す息は喉から脳に向けて吹きぬけるような圧力は感じますが、口元では一切の感覚がない雰囲気です。まるで鼻歌を歌っているかのような感覚に近いです。このとき楽器は「みゅん」という響きが出てきます。

いずれの感覚もテナーホーンでは必要とされる奏法だと思います。一般にソロや旋律のときは前者、伴奏に回ったときは後者で吹くことが多いように私の演奏歴の中では感じていますがほかの奏者の意見も聞いてみたいところではあります。

実際には出す音の高さに応じて息の速さは変わります。一般的には高い音を出すときには速く、低い音を出すときにはゆっくりとした息になると表現されますが、私の感覚だと「高い音は高い圧力で下向きに、低い音はゆったりとした息を前へ向かって」吹く感じです。

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